鳥取地方裁判所 昭和51年(ワ)125号 判決 1978年6月12日
主文
被告は原告に対し金一〇九九万九四四〇円およびこれに対する昭和五一年八月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文一、二項同旨の判決および仮執行の宣言。
二 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。なお、敗訴の場合に仮執行宣言が付されるときは担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
第二原告の主張
一 請求の原因
(一) 被告は、自動車事故による損害賠償責任の保険を業務の一内容とする会社である。
(二) 原告は、昭和五〇年三月一八日、被告との間において、原告所有の自家用自動車につき、その運行等による事故に対する損害賠償責任の填補を目的とし、対人賠償の保険金額を三〇〇〇万円とする家庭用自動車保険契約を締結した。右契約には、原告が他の自動車を運転しているときにも、この他車を被保険自動車とみなし、被保険自動車の保険契約の条件に従い賠償責任を負担する旨の約定(以下、他車運転条項という)がある。
(三) 原告は、昭和五〇年一二月四日午後一〇時五〇分ころ、訴外日本交通株式会社(以下、会社と略称する)所有の自家用普通乗用自動車(鳥五五ぬ八六七。以下、本件自動車という)を運転して走行中、鳥取市吉岡温泉町地内の道路上において、対面歩行して来た訴外西谷定光に右自動車を衝突させて、同人を即死させた。
(四) 原告は、西谷定光の相続人の訴外西谷初枝ほか五名から損害賠償の請求を受け、昭和五一年三月一一日、同人らとの間において、全損害額を二六〇〇万円とし、自動車損害賠償責任保険により給付を受けた保険金の額を右金額から差し引いた残額を原告が支払う旨の示談をした。そして、自賠責保険金一五〇〇万〇五六〇円が給付されたので、原告が支払うべき金額は一〇九九万九四四〇円となつた。
(五) 右金額は被告によつて保険されるものであり、原告は、右示談に先き立ち、昭和五一年三月二日、被告に諒解を求め、被告は、示談が成立した場合には、二七三〇万円までは保険金の支払に応ずる旨を約した。
(六) よつて、前記一〇九九万九四四〇円と同額の保険金およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日の昭和五一年八月一四日以降民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 抗弁に対する答弁
(一) 抗弁(一)のうち、原告が会社の被用者であることは認めるが、常時本件自動車を使用していたことは否認する。
(二) 同(二)のうち、本件自動車の運転が会社に無断であつたことは否認する。原告は、正当な権限を有する当直責任者の許可を得て、運転したものである。
(三) 抗弁(三)のうち、原告が会社の従業員の訴外竹内を送つて行つた帰途本件事故を起こしたものであることは認めるが、業務のために運転していたことは否認する。
(1) 原告は、竹内から私的に依頼されて本件自動車を運転したものである。当日、原告は、午後一〇時に自己の勤務を終え、宿泊のため会社の寮に赴こうとしていた際、同じく勤務を終えた竹内から自宅(鳥取市瀬田蔵)まで自動車で送つてくれるよう頼まれ、これに応じて、平常通勤に使用している原告所有の自動車を駐車場所から出そうとしたが、出口に駐車している他の自動車が邪魔になつたので、当直の主任村田博昭に右の事情を告げて本件自動車を借りたい旨申し入れ、その承認を得て、本件自動車に竹内を乗せて送り届けたのである。
(2) 原告の会社における当時の職務は操車係のうち車掌の配置に関するものであり、その勤務時間帯は次のとおりであつた。
(イ) 第一日は九時から二二時まで(内一時間の休憩を含む)任務に就く。ただし、実際の任務は最終便の二一時三〇分発賀露行バスの発車をもつて終了する。
(ロ) 二二時から翌日(第二日)六時まではまつたくの任務外である。この間は何ら拘束がなく、会社設営の宿泊施設において就寝するか他所で就寝するかは自由であつて、いわゆる宿直とはまつたく異なる。
(ハ) 六時から九時までは任務につき、九時以降は任務外である。
(ニ) 第三日の九時からは(イ)のとおりの任務につき、以下順次(ロ)(ハ)となる。この繰返しを三回連続した後、公休一日をとる。
本件自動車の運転は、右(ロ)の時間帯におけるもので、明らかに業務外である。
第三被告の主張
一 答弁
請求原因(一)ないし(四)は認め、同(五)は否認する。
二 抗弁
(一) 本件保険契約の約款の他車運転条項には、被保険者が常時使用する自動車は、被保険自動車とみなされる「他の自動車」から除く旨の定めが付されている(第三章三条但書)。しかるに、原告は、会社の被用者であつて、毎日勤務中その必要を生じたときに本件自動車を使用していたのであるから、本件自動車は原告が常時使用する自動車に該当する。
(二) 右他車運転条項には、「使用について正当な権利を有しない他の自動車を運転しているとき」には、保険金を支払わない旨の定めが付されている(第三章四条(4))ところ、原告は、本件事故当時会社に無断で本件自動車を持ち出し運転していたのであつて、これにつき正当な権利を有しなかつたものである。
(三) 右他車運転条項には、被保険者がその「使用者の業務のために、その使用者の所有する自動車を運転しているとき」には、保険金を支払わない旨の定めが付されている(第三章四条(1))ところ、本件事故当時、原告は、会社の従業員である訴外竹内茂延が帰宅するのを本件自動車で送つて行き、帰社の途上であつたもので、会社の業務のために本件自動車を運転していたことが明らかである。
第四証拠関係〔略〕
理由
一(一) 請求原因(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。
(二) 原告本人尋問の結果によつても、被告が二七三〇万円の限度で保険金の支払を約した事実を認めるには十分でなく、他に右事実を認めるべき証拠はない。
二 本件保険契約の約款の他車運転条項に抗弁(一)ないし(三)記載の各定めが付されている事実は原告の明らかに争わないところであるから、以下、右の定めに該当する事実の有無について判断する。
(一) 抗弁(一)について
原告が会社の被用者であり、本件事故当時、会社の従業員竹内茂延の帰宅を本件自動車で送つて行つた帰途であつたことは、当事者間に争いがなく、証人岡本文雄、同村田博昭および同竹内茂延の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、会社のバス営業課所属の操車係で、バスの車掌の乗務指定等を職務としていたこと、本件自動車は、乗務員の輸送その他の同課の業務に用いられていた会社の自家用自動車であつて、原告も職務上鳥取駅前発のバスの乗務員を同所へ送り届ける等のために時折本件自動車を運転することがあつたこと、従業員が私用で本件自動車を運転することは原則として禁じられており、やむをえない事由があつて例外的に許可された例が稀にあつたこと、原告は、本件保険契約に付されているその所有の自動車を通勤に使用していて、本件事故当日もこれを会社構内の従業員用駐車場に駐車しており、同日、洗車係の竹内から、勤務終了後その自宅まで送つてくれるように頼まれ、右の自己所有の自動車で送るつもりでこれを承諾したが、右駐車場に行つてみたところ、右自動車の前に停めてあつた他の車が邪魔になつて出せなかつたので、居合わせた当直責任者の村田博昭に右の事情を述べて、本件自動車を使用させて欲しいと頼み、同人の許諾を得て、これに竹内を乗せ運転したものであること、以上の事実が認められる。なお、成立に争いのない乙第四号証には、原告の司法警察員に対する供述として、会社の当直責任者の許可を得ないで本件自動車を持ち出した旨の記載があるが、成立に争いのない乙第五および六号証、右証人村田の証言、原告本人尋問の結果によれば、右供述は村田に迷惑がかかることを恐れて事実と異なることを述べたものと認められる。他に、以上の認定に反する証拠はない。
ところで、成立に争いのない乙第一号証によれば、本件保険契約の約款において、被保険者の運転中の「他の自動車」についても契約を適用する旨の他車運転条項を設けつつ、常時使用する自動車は「他の自動車」から除く旨を定めているのは、家庭用自動車を運転する者がたまたまこれに代えて一時的に他の自動車を使用した場合には、その使用型態が被保険自動車自体の使用と同一視しうるようなもので、事故発生の危険性が被保険自動車について予測された保険事故発生の危険性の範囲内にとどまるという限度において、他の自動車の運行中の事故をも保険給付の対象とするのが保険契約の目的に沿う所以であり、他方、被保険者が常時その支配下に置いて使用する他の自動車については、被保険自動車とは別個に事故発生の危険性を評価する必要があり、被保険自動車についての保険事故発生の危険性の予測に基づいて締結された保険契約を他の自動車に及ぼすことはできないという趣旨によるものと解される。
この前提に立つて、本件における右認定の事実関係をみると、原告は、業務上本件自動車を運転することがあつたが、私用に使うことは禁じられていて、これを常時自己の支配下に置いていたわけではなく、本件事故時には、自己所有の被保険自動車を運転すべきところ、その使用に不慮の障害が生じたため、その代替として一時的に本件自動車を使用したにすぎないものと認められるので、本件自動車は右約款にいう常時使用する自動車には当たらないものと解するのが相当である。
(二) 抗弁(二)について
原告が当直責任者村田博昭の許諾を得て本件自動車を運転したものであることは、右認定のとおりであり、証人岡本文雄および同村田博昭の各証言によれば、村田は、バス営業課所属の点呼執行者(主任)で、夜間当直中は運行管理代理者として同課所属の自動車を管理する立場にあり、従業員に対して本件自動車の使用を許諾する権限をも有していたものと認められ、これに反する証拠はない。したがつて、原告が本件自動車の使用について正当な権利を有しなかつたものということはできない。
(三) 抗弁(三)について
成立に争いのない甲第一号証、証人西川久幸、同岡本文雄および同村田博昭の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告の勤務時間は、本件事故当日は九時から二二時まで、翌日の六時から九時までで、原告の主たる職務であるバスの車掌の乗務指定ないしその変更等の仕事は、最終の定期路線バスが二一時二五分に車庫を出ることによつて事実上終了し、二二時以後は当直として待機していなければならないような用務はなく、したがつて、原告は、二二時から翌朝六時までの間は、当直勤務は命ぜられず、勤務から解放されていたこと、もつとも、このような時間帯の勤務の日は、原告は、会社内の宿泊施設で就寝することが多かつたが、会社内に宿泊するよう拘束されていたわけではなく、帰宅することも自由であつたこと、原告は、当日二一時過ぎころ竹内から送つてくれるように頼まれ、両者の勤務時間がともに二二時に終了するのを待つて、二二時一〇分ないし一五分過ぎころ、本件自動車を運転して会社を出発したのであるが、洗車係である竹内が勤務終了後帰宅するのを送つて行くことは、もとより原告自身の職務に属さないことであつて、純然たる私的な依頼に応じ好意でしたことであつたこと、以上の事実が認められる。前掲乙第四号証、第六号証の各記載中以上の認定と異なる部分は、右各証言および本人尋問の結果に対比すると、真実に合致しないものと認められ、また、証人笠原安暉雄の証言中右認定に反する部分は、証言自体に徴しても十分な根拠に基づくものとは認めがたく、これを採用することはできない。他に以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。
右事実によれば、原告は、勤務時間終了後私用で本件自動車を運転していたのであつて、会社の業務のために運転していたものではないと認められる。
三 以上のとおり、被告の抗弁はいずれも理由がないから、被告は、本件契約の対人賠償の保険金額の範囲内で原告が損害賠償債務を負担した一〇九九万九四四〇円につき保険金支払の責を免れないものというべく、原告が被告に対し右金額およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五一年八月一四日以降民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、民訴法八九条、一九六条を適用し、なお、仮執行免脱の宣言はこれを付するのが相当でないものと認めてその申立を却下することとし、よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 野田宏)